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岡山地方裁判所 昭和46年(わ)680号 判決 1976年4月13日

(一)本店所在地

岡山市内山下二丁目一〇番一五号

法人の名称

黒田興業株式会社

代表者の住居、氏名

岡山市半四町四番五一の四号

黒田孝行

(二)本籍

岡山市富田二七七番地

住居

同市半田町四番五一の四号

会社役員

黒田孝行

大正一四年一〇月一三日生

右の者らに対する各法人税法違反被告事件につき、当裁判所は検察官田井正己出席のうえ審理を遂げ、次のとおり判決する。

主文

被告会社を罰金二〇〇万円に、被告人黒田孝行を懲役六月に各処する。

被告人黒田孝行に対し、この裁判確定の日から、三年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用は、被告会社及び被告人黒田孝行の連帯負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人黒田興業株式会社は、岡山市富田町二丁目六番一〇号に本店を置き、不動産の売買・建設業等を営むもの、被告人黒田孝行は同会社の代表取締役としてその業務全般を統括しているものであるが、被告人黒田孝行は同会社の業務に関し、法人税を免れようと企て、昭和四四年四月一日から昭和四五年三月三一日までの事業年度における所得金額は三二、四二五、三二八円で、これに対する法人税額は一〇、九六九、一〇〇円であるのにかかわらず、架空経費を計上し、あるいは売上の一部を除外する等の行為により所得の一部を秘匿したうえ、昭和四五年六月一日、同市天神町三番二三号岡山税務署において、同税務署長に対し、右事業年度の所得金額は一、七五六、五九二円で、これに対する法人税額は三六八、三〇〇円である旨の虚偽の確定申告書を提出し、もつて不正の行為により同事業年度の法人税一〇、六〇〇、八〇〇円を免れたものである。

(証拠の標目)

一、被告人の当公判廷における供述並びに第一回及び第二回公判調査中の各供述部分

一、被告人の収税官吏に対する各質問顛末書及び検察官に対する各供述調書

一、被告人作成の各上申書

一、登記官吏作成の法人登記簿謄本

一、収税官吏作成の昭和四六年六月一七日付脱税額計算書

一、収税官吏作成の昭和五一年一月一六日付脱税額計算書説明資料

一、収税官吏作成の昭和四六年四月一〇日付、同年四月一四日付各調査事績報告書

一、収税官吏作成の昭和四八年一一月九日付神下四七四・同四八〇の土地の坪当り単価の説明書

一、収税官吏作成の昭和四八年一一月九日付東岡山団地の期末たな卸高についての説明書

一、収税官吏作成の昭和四八年一一月九日付期末たな卸高についての説明書

一、中島キミエ、奥山こと安原民子(三通)、則武栄造及び渡辺静枝の収税官吏に対する各質問顛末書

一、大石美弥(昭和四六年一〇月一日付分抄本)、中島キミエ、奥山こと安原民子、林邦男、渡辺新市及び梅崎イサ子の検察官に対する各供述調書

一、森末石雄、山本泰三、坂本巽、大賀信行、田辺孝也、杉山正年、細田多喜雄、曾我料造、笠井洋一、深井進、鷹尾功、浅野知之及び児子廉夫作成の各答申書

一、吉田義夫作成の上申書三通

一、四国銀行岡山支店長作成の昭和四五年一二月一二日付証明書

一、太田正知作成の大安寺住宅団地図面

一、証人和気史郎(第四回)、同加藤輝久(同)、同惣田秀夫(同)、同大石美弥(第五回)、同岸本正明(同)、同後藤三男(同)、同林邦男(第六回)、同吉田義夫(第六回、第七回及び第八回)、同太田正知(第七回)、同大田正(第九回)、同草野典子(第一〇回)、同久永友子(第一一回)、同岡野正(同)、同浜崎忠夫(第一二回)、同山下明(第一三回)及び同三谷重博(同)の各公判調書中の供述部分

一、証人吉田義夫の当法廷における供述

一、押収してある総勘定元帳二冊(昭和四七年押第四二号符一及び二)

一、押収してある仕入帳三冊(同押号符三乃至五)

一、押収してある伝票綴二綴(同押号符六及び七)

一、押収してある工事請負帳三冊(同押号符八乃至一〇)

一、押収してある売上帳七冊(同押号符一一乃至一七)

一、押収してある仕入明細表一冊(同押号符一八)

一、押収してある領収証綴九綴(同押号符一九乃至二七)

一、押収してある請求書綴四綴(同押号符二八乃至三一)

一、押収してある契約書一通(同押号符三二)

一、押収してある領収書綴一綴(同押号符三三)

一、押収してある卓上日誌一個(同押号符三四)

一、押収してある図面一綴(同押号符三五)

一、押収してある不動産売買契約書六通(同押号符三六乃至四一)

一、押収してある法人税決議書一冊(同押号符四二)

一、押収してある不動産売買契約書一通(同押号符四三)

一、押収してある領収書一枚(同押号符四四)

一、押収してある仕立伝票控一冊(同押号符四五)

一、押収してある当座帳一冊(同押号符四六)

一、押収してある売掛帳一冊(同押号符四七)

一、押収してある受注伝票一綴(同押号符四八)

一、押収してある請負工事帳一枚(同押号符四九)

一、押収してある領収書等五枚(同押号符五〇)

一、押収してある請求内訳書二綴(同押号符五一)

一、押収してある農地法五条による許可申請書一冊(同押号符五二)

一、押収してある宅地造成に関する工事の許可通知書一冊(同押号符五三)

一、押収してある入金票一枚(同押号符五四)

一、押収してある納品書控三冊(同押号符五五)

一、押収してある家屋賃貸借契約書写(同押号符五六)

一、押収してある集金ノート一冊(同押号符五七)

一、押収してある家屋賃貸借契約証書一枚(同押号符五八)

一、押収してある納品書一枚(同押号符五九)

一、押収してある売上帳一枚(同押号符六〇)

一、押収してある固定資産台帳一冊(同押号符六一)

一、押収してある棚卸明細一冊(同押号符六二)

一、押収してある大安寺地積測量図一冊(同押号符六三)

一、押収してある大安寺分譲団地綴一冊(同押号符六四)

一、押収してある伝票綴一綴(同押号符六五)

一、押収してある社長勘定帳一綴(同押号符六六)

一、押収してある黒田興業株式会社定款及び取締役会議事録等綴一冊(同押号符六七)

一、収税官吏作成の各差押てん末書及び各領置顛末書

(弁護人の主張についての判断)

一、弁護人は、法人税ほ脱の犯意は、申告所得額、税額と、正当な所得額、税額とを比較した場合の増差額について法人税を免れるという概括的な認識では足りず、増差所得の形成原因である個々の勘定科目につきほ脱の認識を必要とするものであり、かかる犯意を欠ぐものについては、ほ脱額計算上これを除外するを相当とする旨主張し、更に、具体的、個別的な勘定科目、計算過程について、次のとおり主張する。

1、未長恒久に対する建売住宅の売上一八三万円のうち、昭和四四年八月二日(八月一一日は明らかに誤記と認められる。)付の入金六万円が除外されていたのは法人税のほ脱を計つてなしたものではなく、単に不注意による会計処理上の誤りであるから犯意を欠ぐものとしてほ脱額の計算上これを除外するを担当とする。

2、和気史郎に対する昭和四四年一二月二〇日付宅地売上四二〇万円が除外されていたのも、法人税のほ脱を計つてのことではなく、不注意乃至無知に起因する会計処理上の誤りに過ぎない。岡山市原尾島字山下の宅地一〇〇坪を、大林建設こと林邦男が工事代二三五万円の代物弁済として、加藤輝久より譲受け、これを被告人黒田興業株式会社を介して、和気史郎に代金四二〇万円で売却したものである。そして、林は右売却代金中先づ二三五万円の弁済を受け残り一八五万円を後藤三男に三〇万円、黒田興業株式会社に八五万円そして更に自己に七〇万円を夫々分配している(被告人の昭和四六年二月一九日付質問てん末書一ないし四の答)たゞ買主和気史郎との間の取引は黒田興業が売主の如き観を呈しているが、被告人は林よりの委託によつて自己の名義で販売し、委託手数として何がしの金員を林よりもらう積りであつたにすぎない。被告人としてはあくまで売主は林であると考えていたので、自社の売上として記帳せず、申告にさいしてもこれを除外したのである。この結論は、被告人が葵建設株式会社より一八五万円の架空の領収証を徴求していることによつて、左右されるものではない。右の領収証は手数料収入の蔭蔽を計つて作つてもらつたものだからである。

3、惣田秀夫に対する昭和四五年三月三日付土地売上四〇〇万円が除外されているが、右契約の成立は右日時ではなく同年四月三日なのであるから、昭和四四年度の申告に売上として計上すべきものではない。これは赤磐郡山陽町高屋内三丈四三一番二、同所四四二番二、同所四四二番の各土地の登記簿謄本によつて明らかな如く、詐偽犯人栗政英一の兄栗政武男が被害者児子廉夫に対する弁償金の捻出のため、昭和四五年三月一六日被告人黒田興業に売渡したのであり、したがつて、それ以前の三月三日に被告会社と右惣田秀夫との間に売買が成立する筈はないのである。

4、井上武より昭和四四年七月二九日仕入の土地代金五〇〇万円の支払は、法人税ほ脱の目的から計上された所謂架空の経費ではない。全く、事務処理上のミスである。対応する仕入物件が存しないのであるから、容易に発見出来るミスであつて、被告人に法人税ほ脱の意図がないことは容易に推定出来るものと考える。

5、不動産の期末棚卸額について公表金額と調査額との間には著しい差がみられるが、被告人は棚卸資産の明細については全く不案内であり、商品土地を棚卸資産より意図して除外したものではなく、ことに棚卸作業の困難性から考えて、申告時を基準にすれば公表金額は妥当であり、被告人には法人税ほ脱の犯意はなかつたものである。即、棚卸の作業は本来仕入帳と売上帳を対照しつつ、個々の資産に当つて調査すべきものである。ところが、こうした作業は大崎公認会計士事務所の吉田義夫が担当し、被告人は全く無関係であつた。吉田より問合せ等があつたかもしれないが、資産(主として素地としての不動産)の性質上、満足の行く解答をするが困難であつた筈である。吉田義夫の供述(当法廷)によれば、棚卸にあたつて、現品チエツクをしている様子もなく、単に仕入帳、売上帳、図面を資料としているにすぎない。したがつて、右棚卸が公正妥当なものでなかつたとしても、無理からぬところである。特に商品土地につき、区画整理が進行すれば、容易に棚卸が出来るが、素地のまゝの状態であると、数量(土地については面積)は公簿上の面積によることになり(仕入れにあたつて、実測をしていないか、実測不能の土地の場合)甚だ合理性を欠く結果となる。(このことは、吉田義夫が昭和四六年四月一六日頃国税局査察官大田正と共力して棚卸作業をした結果、と、更に、国税不服審判法による審査申立をするに際して、なした同一の作業結果が、夫々違つていること、によつて容易に推測出来る。)

6、殖産住宅に対する昭和四四年七月一日付建築費支払五七六万九、七五六円及び工事費二八八万四、八七七円支払の計上は、これが正しい会計処理であつたかどうか疑問であるが、いわゆる架空計上とは言えないものである。なお、右計上に至つた経緯は次のとおりである。即、昭和四一年三月頃、黒田孝行個人が殖産住宅相互株式会社と建物給付契約(殖産住宅はこのような名称を使用しているが、実体は注文者に対する融資を伴う、工事請負契約である)を締結し、同会社より建物の給付を受けることを約し、当該建物建築工事につき、元請殖産住宅の下請人たる入難波建設株式会社と被告人黒田興業株式会社が再下請の契約を締結した。こういう形をとつたが内実は右工事は当時すでに他の業者により完了していたのであるから、殖産住宅と黒田との給付契約の実体は単純な融資に関する契約にすぎなかつたわけである。そこで、工事金名儀の融資の流れを追つてみると、先づ殖産住宅より、難波建設に支払われ、難波建設より、更に、黒田興業に支払われている。そして、右融資の返済義務者は黒田孝行個人であることは勿論である。してみると、昭和四一年当時の黒田興業の会計処理は黒田孝行よりの借り入れとして記帳されるべきものである。然るに、こうした事務処理を怠つて、数年間経過するうちに、黒田個人が殖産住宅に融資金の返済を完了したので、同人としては被告人黒田興業より右返済額の弁済をしてもらう必要が生じた。しかし、先に述べた通り黒田個人に対する借入の勘定科目は起されていず、すべて、簿外処理をしていたために、返済としての処理は不能と考え殖産住宅に対する工事金として計上することになつたのである。確かに工事費と称するのは正しくないと思うが、黒田興業が黒田個人に対し五、七六九、七五六円を出損するのは契約上の義務に属するところであつて、本件の如く工事費として計上したとしても法人税ほ脱の意図によるものではないのである。

二、しかしながら、当裁判所は、法人税ほ脱犯の犯意としては、詐欺その他の不正の行為により国の税収入を減少せしめることを概括的に認識すれば足り、これによつて脱漏税額の全部について故意犯が成立するものと解する。(なお、一部の勘定科目について脱漏の認識がないことは情状に影響を及ぼすことは格別として、犯罪の成否には関係がないものと解する。)従つて、総括的に算出された正当税額と、申告納付額との差額の全税額がほ脱額となるのであつて、区分計算は認められないと解するのが相当であり、弁護人の主張は理由がない。

なお、個別的な各勘定科目、計算過程についての主張に対しては次のとおり判断する。

(A)1、未長恒久に対する売上中六万円の除外

2、和気史郎に対する売上四二〇万円の除外

3、惣田秀夫に対する売上四〇〇万円の除外

これらについては、仮に弁護人主張の如く個別認識説をとるとしても、同一勘定科目中の久永友子に対する売上除外について被告人自身ほ脱の犯意及び不正の方法による過少申告を認めており、その他前掲各証拠によつてこれが明白となつているところから、同勘定科目全般について概括的認識の成立を認め得るものと解する。

なお、弁護人は、惣田秀夫に対する売上除外について、不動産登記簿謄本の記載を根拠として同人に対する土地売却の契約成立日時が、昭和四四年四月三日である旨主張するが、証人惣田秀夫の第四回公判調書中の供述部分(但し、同証人に対して、被告会社より押収した売買契約書を、同人より領置したものとして、同人に示し尋問した部分は誤導尋問と認める。)及び証人大石美弥の第五回公判調書中の供述部分並びに押収してある不動産売買契約書二通(昭和四七年押第五四号符三九及び四一)を綜合すれば、右契約書二通の作成月日である昭和四四年三月三日に、右不動産売買契約は成立しており、その後何者かによつて被告会社から押収された契約書(同押号符四一、なお押収物総目録の被押収者氏名は符三九と符四一が入れ替つており、明らかな誤記と認める。)については、その作成年月日が四月三日と改竄されたものと認められる。不動産登記簿の記載にはいわゆる公信力は認められておらず、また不動産登記簿に記載された売買年月日と、実際のそれが合致しないことがしばしば認められる不動産取引界の実状からして、不動産登記簿謄本の記載をもつて取引成立の日であるとする弁護人の右主張は理由がないものと解する。

(B)4、井上武からの土地架空仕入

弁護人は、事務処理上のミスである旨、主張するが、右土地の買入主体は、被告人黒田孝行個人であり、その買入代金三、二九五万円余の残金二、七九五万円余は被告人黒田個人の支出として処理されているのであつて、かかる基本的な経理上の過誤を経理担当者が犯すことは、到底考えられないところである。また被告会社の経理担当者であつた証人大石美弥の第五回公判調書中の供述部分によれば特殊な場合の伝票起票はすべて社長の個別的指示によつていたことが明らかであり、また証人草野典子の第一〇回公判調書中の供述部分からしても社長の指示によつて税をほ脱するための操作が度々なされていたことが認められる。従つて、これらの事実を総合すれば、被告人において法人税ほ脱の犯意をもつて右架空仕入の措置をなしたものと認めるのが相当である。

勿論、当裁判所は、当初に述べた如くいわゆる概括的認識説の立場をとるものであり、右具体的犯意に欠けるとしても結論には相違がない。

(C)5、不動産期末棚卸額の過少評価

証人吉田義夫の第六回公判調書中の供述部分によれば、本件会計年度の決算〆切前ころに、同証人は被告人黒田孝行に対し、仕入台帳に記載された土地の仕入総坪数と、棚卸に上げて逆算した坪数からみて実際の坪数のではないかとの報告をなしており、これに対して同被告人は何等の適切な指示をしなかつたため、同証人は仕入台帳に記載された総坪数をもとにして棚卸しの金額を算出したことが認められる。従つて、被告人黒田孝行において、期末棚卸の際の会社保有の土地が仕入台帳記載の面積より広い旨の認識があつたのに、これを調査し是正する措置をなしていないのであるから同被告人においてこの点について少なくとも法人税ほ脱の未必の故意を有していたものと認めるのが相当である。

(D)6、殖産住宅に対する架空建築費及び架空工事費

証人吉田義夫の第七回公判調書中の供述部分及び伝票綴(同押号符六)等を総合すれば、被告人黒田孝行ば同証人に対して、昭和四一年中に発生した簿外負債を、昭和四四年七月一日に殖産住宅に対する工事費及び建築費として計上処理し、架空の伝票操作を行なつたことが認められ、更に同被告人においてもこれが法人税ほ脱の犯意をもつてなした旨自白しているところである。(被告人の収税官吏に対する昭和四五年一二月九日付質問顛末書)

(法令の適用)

(一)  被告会社

法人税法一六四条一項、一五九条一項

刑事訴訟法一八一条一項本文、一八二条

(二)  被告人黒田孝行

法人税法一五九条一項(懲役刑選択)

刑法二五条一項

刑事訴訟法一八一条一項本文、一八二条

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 白川清吉)

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